45歳、ADHDの自分を愛しています

私は、ADHDの自分をおちゃめだと思っています。
誰がなんと否定しようと、もう私は自分で自分をいじめません。

これまで浴びせられた「頭おかしい」「常識がない」「頭悪い」「なんでそんなに忘れるの」とか「要領悪い」「トロい」「理解が遅い」「わがまま」「自分勝手」「努力不足」「気がつかない」「なんでお前はそうなんだ?」etc.etc.· · ·

おかげさまで、傷つき悩み苦しみ、その中から気づきも得て、なんとか自分を変えようと努力して改善させていただいたことももちろん数々あります。それについては、得がたいものを得、色々教えてくださった周りの方々には、とても感謝しています。

と同時に、人より遅れてしまってなかなか追いつかない自分を、そういったマイナス評価のシャワーの中でどんどんどんどん、追い込んでいく· · ·。
良くなればなろうと決心するほど、気合を入れるほど、ますます、自分で自分を追い込む。責める。許せなくなる。
最終的に、自分の中で、自分自身が一番キツく当たる人間であり、自分を許さないもっとも厳しい存在になってしまっていることに気づいた。

そこまで来ると、環境が変わっても、誰が何を言わなくても、自分で自分を責めるから、自分で自分を許さないから、年がら年中苦しい。
年がら年中、いっぱいいっぱいで心がきゅうきゅう。誰も何も言ってないのに。
心の中は常に満タン。だからすぐに、何も無いのに涙が溢れて止まらなくなったりしてしまう。

自分が自分を愛せなければ、生きているのが1番辛い。自分が自分の味方でないなんて。
自分が自分を全く許せないなんて。
自分が自分を恥ずかしく思うなんて。
自分が自分を情けなく思うなんて。
自分が自分で、この世に不必要な人間と思うなんて。
こんな辛いことが、あるだろうか。

そんな時に、自分で嫌いになってしまった自分を愛する術を、自分の中に見つけることは到底出来ない。嫌いなのだから。

誰か、私を好きだと言って欲しい。
誰か、あなたが必要だと言って欲しい。
誰か、あなたが大切だ、あなたがいなくては困ると言って欲しい。
あなたが死んでしまったら、私は生きていられないと、言って欲しい。
愛してると言って欲しい。
私のために泣いて欲しい。
強く強く、抱きしめて欲しい。

心が誰もいない寒空の下で裸で、からっ風に吹かれて震えている。
寒くて凍えて、辛くてみじめで死んでしまいそう。
役立たずで、みっともない私。
自分からも、周りからも愛されない自分。
この世の誰からも、必要とされない自分。
いなくなっても、誰も悲しまない自分。
むしろ、人に迷惑をかけてる、世の中の足を引っ張っている、世の中のお荷物になっている、邪魔な存在の自分。

消えてしまいたいけど· · ·
消えてしまいたくない。
この世に生まれてきて、
死んでいくことが決まっている運命なのだから、
せめて誰かに必要とされ、
せめて誰かに愛されたい。

そんな時、
「あなたはそのままでいいんだよ」
「あなたは充分魅力的だよ」
「あなたのことが必要だ」
「今まで辛かったね」
「頑張ったね、偉かったね」
「あなたに出会えてよかった」

· · ·そんな言葉をかけてくれる人があらわれる。
自分が生まれてきたことが、
許され、認められ、歓迎されている。

生まれてきて、良かったんだ ーーー

真っ黒だった心は、
激しい嗚咽とともに、とめどなく溢れ出る涙に洗われて、本来のきれいな色をあらわしていく。
騒がしかった頭の中は静かになって、
ドクンドクンとゆっくり脈打つ
自分の鼓動が、聞こえてくる。

「ああ、私は生まれてきて良かったんだ」
「必要としてくれる人がいるんだ」
「私は、生まれてくる必要のある人だったんだ」

固まっていた心が、
どんなにほぐれただろう。

自分が許すことの出来なかった自分を、
許してくれ、認めてくれ、
評価してくれる。
大切だと、言ってくれる。

それがどんなにか、
救いになり、励みになり、
勇気になり、力になって、
気づくと自分でも
自分が好きになり始めている。

自分が好きな自分。
大切にしたくなってくる。
ほめてあげたくなってくる。
可愛くなってくる。
もっと良くしてあげたくなってくる。

自分で自分を磨こうと思う。
ますます自分が好きになる。
自分で自分を認めてくる。
いい所を見つけだし、
気づくと、自分で自分を評価している。

そして、
自分が一番好きな自分は
誰がなんと言おうと、
私の愛する自分であり、
嫌いだった自分を愛せるようになったら、
もっと人を、愛したくなる。

「幸せ」というのは、こういうことなのではないだろうか· · ·?
そう思うと、もっと幸せでいたいと思い、
そのためには、
もっと、
たくさんの人を愛し、
たくさんの人も幸せになると、
もっともっと幸せそうだ、と思えてくる。

幸せは分けてあげたいし、
幸せを共感して喜びあったりもしたい。

自分で自分を愛せるということは、
誰に愛されるよりも幸せなこと。
それを、もっとたくさんの人に知らせたい。

ただ、それを教えてあげられるのは、
1度は誰かが、外からノックしてあげないといけない。
閉ざされた心の扉の向こう側では
自分が自分をいじめ、
自分と自分が傷つけあって
痛みにシクシク泣いている、
真っ暗な小部屋があるだけで
光が刺していないから
何にも見つけることは出来ないから。

最初は聞こえなくても、
何度も何度も、やさしくノックしてあげて。
「あなたが好きだよ」
「大好きだよ」
「涙をふいて」
「そばにいるよ」
そう、声をかけてあげて。
泣いている子が、
顔を上げて、振り向いて、
自分で扉を開けてくれるまで。
何度も何度も。
諦めずに、ドアをノックし続けよう。

愛してあげたら
必要としてあげたら、
泣いていたその心も
自分で自分を愛して、
自分を必要と思えるようになる。

だから、そんな風に
私を愛してくれた人達に、
私も心から感謝しているから。

恩返しがしたい。

私は私が大好き。
私は私を愛している。
これまで人が指摘してきた欠点も含めて。
全部愛している。

なんておちゃめな、
なんて可愛らしい私だろう。
なんて愛おしい、
なんて大切な私なんだろう。

45になって、
ようやくそう思えるようになった。

優しい人たちに出会えた経験は、
私にとって、かけがえのない宝物になっている。

· · ·深夜から、朝方にかけて書きました( ̄▽ ̄;)
だから、オチなくて· · ·すみません(//∇//)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして!ADHDの、ADHDによる、ADHDのコミュニティ・サイト「ねこままカフェ」運営およびイベント主催しております、「NPOチームねこまま」代表ADHDのねこままです! コンセプトは「JOIN」=“参加”です! 誰が上でも下でもありません。 みんなが主役、主人公です。 自分のやりたいこと、得意なことに夢中になって取り組む、その事こそが自分達を活かす、ここはそんな場所です。 それぞれの知恵や特性、能力が活きる、活かせる、そんな活動を、みんなで模索しながら、アイデアを出し合いながら、みんなが成長していける、そんな場所になることを目指しています。 当事者会を中心に、当事者一人ひとりの自己実現を目指し、当事者同士の情報交換や啓発し合える場を作っていきます♪