目標達成のための確実な「取っ掛かり」

ADHDの私は、極端に視野が狭い。もちろん、実際の視力の話ではない。意識として注意を向けられる対象範囲が極端に狭いということである。

そのため、よく見たつもりが見落としていたり、端の方、つまり隅々まできちんとは見れていなかったり、一度に全体を見渡して全体把握ができない、といった調子なので、何度も指差し確認までしたはずなのにやっぱり何か1つ以上は忘れ物していたり、物を探していてもすぐ近くにある物がなぜか目に入らなくて、なかなか見つけられない、ということが常日頃になっている。

目の前の、ごくわずかな狭い範囲のものしか見えず、そこにばかりとらわれて全体が見えなくなる。目の前のオモチャを追いかける猫のような自分の注意力、集中力。

だから最近は、たとえ自分がADHDであろうとそれが非常に不便なのでやはりここは何としてでも「マルチタスクになりたい」「常に俯瞰で物を見ることのできる『俯瞰力』を身に付けたい」という想いを強くしているところであった。

よくADHDの特性のひとつとして「過集中」という特性が言われるが、それは他者から見てその状況を表した客観的な表現であり、自身の感覚としてはあまりピンと来ていなかった。

そもそも集中し始めても、それが「過集中」だとは自分で気がつかないし、その前ですらまさか自分がこれから「過集中」になるだろう、とか、よーし今から「過集中」しよう!とか、全くもって思ったりすることはないから。

「過集中」は常に、油断をした隙にいきなり不意打ちでやってくる発作のようなものであり、すでにかなり手遅れと言える状態でふと我に返って気がついたとしても、すでにその時点ではセルフコントロールが難しく、そこから抜け出せない、切り替えられない自分にイラつき、焦り、激しく葛藤し続けながらズルズルと過集中モードに自身を引きずられ、結果、自分で自分を制御できなかったことに打ちのめされるのだ。

ADHDを紹介しているWebサイトで、その「『過集中』をあえて有効活用しよう」というアドバイスもよく見かけるが、意識的に過集中になるなどという、まるで自在なセルフコントロールが可能であるかのようなイメージは現実的に思えなかったし、自分にとって「過集中」というものは、常に自分の想いの逆を行き、自分の望まぬ場面で勝手に出てきては後悔や落ち込みの原因を作る、気まぐれな悪魔のような存在で、掌中におさめることなどできないものと思っていた。

しかし、そのあまのじゃくな「過集中」を、自分の強い味方にすることができると、突然気づいてしまった。

実は、ずっと後悔ばかりし続けてきた、自分のちょっとした寄り道行為に重要なヒントが隠されていたのだ。

それは「『ほんのちょっとだけ』からダラダラとドツボにハマってしまう」という、そんな自分の行動パターンを、発想の転換で、逆手に取って応用できる!ということ。

視野を広げるのではなく、あえて極限まで狭める。

「ほんのちょっとだけのつもりだったもの→ダラダラとドハマりして止まらなくなる」という、常に負のスパイラルにありがちだった視野が狭くなり周りが見えなくなるという自身の特性、パターン。その効能に、実はかなり期待できるものがある。

行動を起こすきっかけとなる確実な「取っ掛かり」を見つけ、それさえ実行すれば、あとは芋づる式に継続されて行くということ。

それは、自分のモチベーションに火を点け行動を起こすために最も有効な方法であり、その「取っ掛かり」さえ見つかれば、あとは自然に転がり始めるのだ。それがADHDの自分の特性なのである。

やろうと思っていることにドハマりすることは可能!目標達成も可能!とにかく確実な「取っ掛かり」の一点を探すのだ!取っ掛かりは小さければ小さいほど良く、面ではなく、明確な点であることが望ましい。やろうとすることやりたいことを欲張らない。とにかく「取っ掛かり」の小さな一点に集中してみるだけなのだ!

薬には薬の、道具には道具の特性があるように、人にもそれぞれ、他と異なる特性がある。

薬は服用方法を誤れば毒となり麻薬となり、また服用する個体との相性が悪ければ、ひどい副作用も引き起こす。リスクの全くない、誰にでも良い効能しかない完璧な薬というものは存在しない。

道具も、例えば刃物、使い方によっては人を殺める武器であり、使い方では美味しい料理を紡ぎ出し、芸術的な作品を拵え、日常生活を便利にもする。

人の特性も、特性そのものは長所短所のどちらにも分別できるものではなく、特性が発揮されるシチュエーション次第、つまり、使い方次第で長所にも短所にもなり得る。

その自身の特性が、長短どちらに転ぶかを決定する条件を、自分の周辺環境に求めてはいけない。それでは他力本願が過ぎる。自分以外の他人に、自分の特性をよく知り、適切な使い方を考えて使ってもらうことを求めても、きっかけは常に他人の手の中ということになり不確かで、それが実現される確率も極端に低いと言わざるを得ない。

先ほどの薬や道具に例えるならば、一体何の薬なのか、名前も説明書もない薬がそこに置いてあっても、人は気味悪がって手に取らないだろうし、見向きもしないかもしれない。もしもよくわからないまま用途を間違えて服用してしまったら予期せぬ恐ろしい結果を引き起こしてしまう可能性すらある。道具も、他人が見て何の道具なのか、特性も使い道もすぐにわからなければ、なかなかすぐに適切な使い道には使われないだろう。

薬にしろ道具にしろ、そのものがどういった使い方でどのような用途に活用できるのか、他者に知り得るようになっていなければ、役にも立たなければ、良い活用方法に気づかれる前に、鋭くずる賢い人間に悪用されることもあるだろう。

そういう意味で、人の特性についても、まずは本人が自分の特性をよく知って、注意すべき点も長所となる点も、常に自身で観察し、理解し、しっかり分析して、自らまず活用してみせることで、他者にもわかるように示すことである。

自ら率先して自身を活かし、更に周りにも適切に活かされることができれば、大いに社会に貢献でき、それが自身の生き甲斐や幸福につながる。

自分はADHDだからとマイナス面ばかり考えて、あきらめたり開き直るのではなく、逆の発想で、自身の他者にはないその特性を長所として大いに世の中のために活用し、その限られた短い人生を、誇らしく胸を張り生き生きと全力で、命を燃やして生き抜く、そんな熱く幸せな人生に出来る!そう私は信じている。

夢は叶えられる!必ず現実になる!目標は達成できる!動くのは自分なのだ!きっかけはそう、たったひとつなのだ!

確実な「取っ掛かり」を、見つけよう!!

行き当たりばったりな自分の習性を活用して、目標を達成し、夢を実現するのだ。

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はじめまして!ADHDの、ADHDによる、ADHDのコミュニティ・サイト「ねこままカフェ」運営およびイベント主催しております、「NPOチームねこまま」代表ADHDのねこままです! コンセプトは「JOIN」=“参加”です! 誰が上でも下でもありません。 みんなが主役、主人公です。 自分のやりたいこと、得意なことに夢中になって取り組む、その事こそが自分達を活かす、ここはそんな場所です。 それぞれの知恵や特性、能力が活きる、活かせる、そんな活動を、みんなで模索しながら、アイデアを出し合いながら、みんなが成長していける、そんな場所になることを目指しています。 当事者会を中心に、当事者一人ひとりの自己実現を目指し、当事者同士の情報交換や啓発し合える場を作っていきます♪